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近藤輝一×髙道屋沙姫 対談 私たちの今までと、『バス・ストップ』 (後編)

特別ゲスト(声の出演)・ナレーター


髙道屋 沙姫(たかんどうや さき) かまとと小町主宰。チクッと胸が痛くなることをクスッと面白くをモットーに創作を行っている。

俳優/脚本/演出の他、高校演劇では審査員や講師として指導を行い次世代の育成にも力を入れている。 2020 年持病の再発によって、障害者になり現在はコロナの為活動休止中。

そして活動復帰に向けて奮闘中。

車椅子を爆走させるかっこいい女優になりたくて試行錯誤中。YOYO₍₍ (ง ˙ω˙)ว ⁾⁾





※本対談は2022年2月ごろに行われました。

本対談は本編の内容を含みます!!








Q.一番好きなシーンは?

髙道屋 ほおぉぉ、どこかなぁ、でも印象的な人物はビンゴだな間違いなく。なんだこれは人か!?どういう意味や!?って。... ...えーー!でも皆好きだけどな。無駄が無いなって思ったんだよね。このシーン要らないなって所が無かった。全部必要だなって。 凄く難しい質問です。だって、作品として凄く良かったなって思う時って、突出してこのシーンが良かったってよりかは大きくこれ一つまとめて良かった!って方がデカいな。ここがって突出しちゃうと作品のバランスが悪いと思うのね。やから全部良かったけどね。どのシーン切り取っても絵になりそうだなって。体温とか気温とか匂いとか、どのシーン切り取ってもしてきそうな感じは良いなって思ったから、一個に絞るのは難しいですね。でも風君が「大丈夫だよ」みたいな「家族見つかるよ」ってシーンあるじゃん。根拠がないけど言葉ちゃんに言う所とかは、その人の人柄が出るコトバだなと思って。この人が偽善的であれば全く響か ないけど、冒頭のシーンで仕事を手伝ってるとか、人としてこの人が良い人なんだろうなって思えるから、そのコトバが読み手に受け入れられるコトバになってるなって思って。何かこう、間違えてしまうと、人の気苦労も知らないでって思われそうなコトバ だと思うから、それをちゃんと伝えられる境遇に彼自身がいるからこの台詞は通るんだなって、すんなり読めるんだなって思ったのはそのシーンかな。という意味では印象深いかも知れない。うん。で実際その通りになって、本当に良かったじゃんって思ったから、そこのシーン凄く大事だし人柄って大事だなって思った。

近藤 各シーンが繋がっているように見えたって俺は受け取ったから、今凄く嬉しかったんだけど。「よくわかんないけど、言葉にはおじいちゃんいるよ。」って今髙道屋が言ってくれた所、あれ一番最後に追加した台詞なんだよね。作品全体を通しての雰囲気が見えてきた時に、俺こういう事がもしかして言いたいのかもみたいな。ってことで風太郎君に言ってもらったってのはあるんだけど。

Q.作家として、好きなシーンは?

近藤 なんか上手に書けた所はもちろんあるんですよ。明確に見せ場として設定している所もあるし。そうじゃなく、俳優が読んでて、ここのシーン意外と良いシーンじゃんって思ったところがあったんやけどね......。うん......、思い出せない!

髙道屋 えぇー!笑

近藤 あぁそうだ「おーい」「はーい」の所かな。あまり説明出来ないような言葉を、割と俳優達が一言にしっかり込めて発してくれていて。そこが個人的に、この台詞書いといて良かった♪と思いました(笑)。


Q.演じてみたい役は?

髙道屋 真名子がやりたいって輝一君に言ったけど、輝一君には「髙道屋は言葉ちゃんだから」って言われた......。

近藤 髙道屋は言葉ちゃんだよー!(笑)

髙道屋 私は真名子がやりたい......。前までの私だったら絶対言葉ちゃんって言ってたんだと思うけど、最近27歳にもなったらね、脇で遊べる楽しさみたいな、オイシさみたいなのをやっと気付いてきて。そう見たときに真名子って結構、深い役だなって思ったんだよね。まぁビンゴとかも面白い役だけどね。それぞれの登場人物達が、現在こうなってる原因って、どうしようもないんだけど、おじいちゃんおばあちゃんから始まってると思ってて。この 2 人から、この一族というかこの家族の話が始まってるんだな、ってなったときに「まなこ」っていう名前通りに、何かこの人はちゃんと見てたんだろうなって思った。色んな人の色んな一面をちゃんと見てたんだろうなと思ったときに、輝一君が作家として書いた狙いと、役者がきちんとはまったら、すごく深くて優しくて温かい、良い人。しかも遊べて面白いっていう最高のポジションじゃん!って思って(笑)。それで真名子がやれたら面白いなあって思ったかな。


Q.近藤のやってみたい役は?

近藤 俺は光一さんですね。俺のじいちゃんがモデルになってるから。じいちゃんとばあちゃんの逃避行を思い浮かべて、書いたところがあります。このキャラクターは。

髙道屋 そうそう思い出した、この前輝一君と遊びに行ったときに、なんで大学の卒業公演『ロミオとジュリエット』にしたの? って聞いたやん。今思えば、光一さんと真名子ってロミジュリっぽいよなって思った!分かる?(笑)。愛の逃避行じゃないけど。 そう思ったら輝一君のアイデンティティはロミジュリにあるんだと。おじいちゃんがモデルって聞いたから、すごい、今ハマった感じがした!(笑)

近藤 そう(笑)。ロミジュリもあるけど、正直言うとね、井上陽水なんですよ。『リバーサイドホテル』って曲があって。歌詞 が、どうもバスで逃避行する男女のお話っぽいのよね。台詞の中にも、分からないように歌詞を忍ばせたりしてるんだけど。ああいうの好きなんですよ。男女の逃避行みたいなのが。だからこそロミジュリもめっちゃ好きで。どうにもならない状態で世界に二 人だけしかいないみたいな。結構そんなシチュエーション多いかもしれない。『ナイト・クラブ』もそうだったけど。俺たち以外 誰も味方がいないって思い込んでしまう男女みたいな。うちのじいちゃんもばあちゃんも、そういった状況になった事があるみたいで、それが『バス・ストップ』の骨組みになってるんだけど。じいちゃんばあちゃんの話を台本に起こしていくときに、誰しもこんな経験があるんかな?とか思いながら、じいちゃんもばあちゃんも心細かったやろうなとか、切なかったんやろうなとか思いながら今回は書きました。で、出来上がったら、中々光一に感情移入することも多くて。自分の経験も織り交ぜているから当たり前なんですけど(笑)。じいちゃんでもあるし、自分でもあるこの光一というキャラクターは、是非演じてみたいです。


Q.バス・ストップに対しての質問! ここってどういう事?

髙道屋 今一生懸命考えてみたんだけど無いな!この作品に関しては、分からなくて良いなって。感情移入は出来るけれども私の話だとは思わなかったね。これ私の話だって思う感じの感情移入じゃ無くて、他人のある種、走馬灯の中の一つを見ているみたいな感じの、その人の人生に連れてってもらったみたいに読めたから、分からないシーンがあったとしてもそれはもう分からなくて 良いやって感じだった。それで言い出したらそもそもビンゴってなんなん?って感じだから(笑)。ビンゴが犬って事が一番分からない事だから、一個大きくドン!って分からなくても良い事があるからさ。これはもう丁度良いなと思った。これ以上自分も突っ込んでいかない、物語は進んでいく、置いていかれてるけど、ここはもう置いてかれたままで良い、はい次!みたいな。置いていかれても、もうこれはしょうがないな、バスはもう出発したんだからっていう気持ちになれるかな。

なんでロシアなの?とかはあるけど(笑)。でも、例えば、意味わからない名前のお店とかあるでしょ。それと同じで、「なんか分からなくても良いか」って感じ。

近藤 ムフフフフ。でも本当にそうですよ、意味わからない名前のお店ありますよね。「なんでその名前つけたの?」みたいな。 でもそこに歴史があるじゃないですか。「このお店には、このお店の歴史があるんだな」って思える。髙道屋の言ってた通り、あえてお客さんとの間に距離を作るってシーンを入れてて。自分の事のように当てはめてほしい所も勿論あるんだけど、最終的には これは僕達の話なので貴方は関係ないですよっていう風な距離感を持っておきたくて。観終わった後に、「ほな自分の家のおじい ちゃんどうなんやろう」って思って貰えれば最高やなとか思ってたりして。髙道屋が、自分の話じゃないって言ってくれたのは嬉しすぎだなぁ。


~~~♪♪♪ 電話が鳴っている!!


髙道屋 ん? 大丈夫?

近藤 おばあちゃんだ!真名子さんだった。

髙道屋 おばあちゃん!タイムリー!出なくて大丈夫?

近藤 おばあちゃんさっきも電話したから大丈夫。おばあちゃんからちょくちょく電話かかって来て、よー電話すんねんけど、その時に根ほり葉ほり聞いて。「大変だったよ借金取り来て!」とか。割と今回実話が多かったりするんだけど。

髙道屋 へぇー!


Q.バス・ストップを書こうと思ったきっかけ

近藤 ばあちゃんの話を聞いたときに単純に面白いと思ったのがきっかけかな。俺自分に対して凄く家族と言うことを意識してて。 家族みんな大好きなので、この気持ちに嘘が無いから書きやすいというか。劇作というものは、真理に近づいていく作業かなとも思ったりするので。ある一つの真理に近づけるように、このテーマを選んで書きました。そのきっかけとして、おばあちゃんの苦労話みたいなものがあったんだけど。

髙道屋 すごいよね、家族の話とか私聞きたくないもん。

近藤 えーなんで?

髙道屋 怖くない?だって自分の中には自分が積み重ねてきた、自分の歴史があるやん。 それと、自分よりも前の親とかおじいちゃんおばあちゃんとか、もっとひいじいちゃんひいばあちゃんとかの生きてきた人生が真反対やったら凄く嫌じゃない?理想とかと違うとさ。まぁ時代とかも違うからそんな事は起こりうると思うんだけど、でも私は浅はかな人間だから良い親の元で育った良い子供でありたいという気持ちがあるから(笑)。とんでもない奴から生まれてきたとか思いたくないから、家族の事とか全然聞きたくないもん。知らなければセーフやもん。だから自分から堀に行こうなんて思わない。 凄いね。


Q.家族について

近藤 俺は家族に対して全然、不完全であってもいいやみたいな、それが人間やろって感じ。そもそも家族に対してあまり期待してないのかもしれないけど。自分が不完全だなと思ってるから。あれなのかな......。髙道屋は、自分とひき比べてって事なのかな家族の素性を知りたくないってのは。

髙道屋 私が病気をしたことによって家族の粗を凄く見たっていう部分はあるかも知れない。こんなにも不安定だったんだって言う。それこそさっきも言ったけど、小さな時から子役をやってお芝居をしていたけど、結果として皆優しいから、あなたが上手くいかなかったから、テレビにも出てないんだよってはっきりとは言わないけど、私はもう既に気付いてる訳じゃない?子役として大成しなかった自分を。でも自分が上手くないから、上手くなりたくて必死に大学に行って演劇を学んだし、上手くないからこそ、 もっと上手くなりたいと思って先輩たちの技術を盗まなくちゃって部分も凄くあったんだけど。私、去年亡くなったおばあちゃん がド正直な人で、小学生の時に「あんた不細工じゃないねんけどな、それほど可愛くもないねんな。鼻がちょっと曲がってた方が 不細工で実は売れたんじゃない?」みたいな事を言われて。

近藤 すごいこと言うなあ!

髙道屋 (笑)。おばあちゃんに言われてね、その時点で私はおばあちゃんの事を嫌やと思って。おばあちゃんと関わるという事をやめてしまったの、小学生の時点で。父方のおばあちゃんなんだけど。父方のおじいちゃんは愛人めちゃくちゃ作ってて、亡くな った時には負債しかないみたいな破天荒な人で。うち、いとこは女ばっかりで、孫連中の中ではお兄ちゃんしか可愛がられて無かったの。「女は別にいらん」っておじいちゃんが。私は一番最後に生まれた女の子だから本当に相手にされてなかったんだけど、 結果的に私の学歴が一番上になった時に手のひら返したかのように私のことを可愛がり始めた訳。そういう危うさとか、母方のおばあちゃんに関しても、私が19歳で病気発覚して、「治療したくない、逃げたい。彼氏と逃げたい」ってなってた時に「あんた みたいな病気の子、誰が好きになってくれんねん」って事も言われた訳。

近藤 えぐいこと言われてるな......。

髙道屋 そう。だから私の中で家族の発言を掘り起こして良かった記憶がないから、自分以外の家の中の人達が、好きじゃない。 だから輝一君凄いなと思う。家の中で自分の価値を見出すことが難しくて、だから私は演劇が好きなのかもしれない。ここで頑張ったら誰かが見てくれて、しかるべき場所をちゃんと置いてくれるみたいな。こいつは頑張ったから主役だ!ってなったら置いて

もらえるし。何かそういう頑張ったらピックアップしてもらえるみたいな。そんな事を求めてたのかもしれないと思う。うん、家族得意じゃない。へへへ。

近藤 「毒親」みたいな言葉が出ていて、最終的に「親ガチャ」って言葉が出てきたじゃないですか。俺はその言葉がすごく嫌で。 その言葉が通じている世の中も嫌で。でも、親を好きになれない、家族を好きにになれないってのは結構割と普通の事なんだなっていうのは考えさせられました。それも一つのきっかけだったのかもしれない。じゃあ家族を好きになりましょうよって事では無いんだけど。親が居ない人だっているし。この問題に関しては凄い難しい事だね。どこまで行っても人間対人間だしね。

髙道屋 私が家族の話を書く時は、自分より過去、親とかじいちゃんばあちゃんの代には絶対振り返らない。自分より未来を書く ことが多いかな。これから出来る家族とか。私は多分そこを自分の境界線にして、家族っていうものに対して、ある種諦めもあるし、ある種希望も持ってるから、だから子供とかについて書くことが多い。自分より未来の事。

近藤 そうだね。短編で賞とったやつもそんな感じやったもんな。

髙道屋 そう。短編演劇祭もそうやし、なんか作、演出頼まれて書いた作品もそうだった。1人の生まれてくる赤ちゃんに対して、 浮気しちゃった男女がいて、誰もこの子供を諦めないっていう選択をして4人でこの子供を育てていこうっていう選択を取るみたいな。そんなの絶対無理じゃん!ってみんな思うんだけど、でも1人じゃ心もとないけど、4人だったらどうにか出来るかもしれない。可能性はある、そっちの可能性にかけてみたいな、もう過去のことは変えられないからもういいわ!って感じで。未来は頑張ったらどうにかなるかもしれないから。

近藤 家族観って人それぞれ違うとは思ってたけど、まさかこんな身近でこんなにも違うんや......、そうよな。家族って......。そうか、俺は、境界線の事で言うならじいちゃんが今の家を作って親父が生まれて俺がいるって意識が凄く強いから。血の繋がりってのを考え出した。......難しいな。本当に人それぞれだよね。髙道屋のお芝居を見たときに新しい家族の形というか、「どうにでもなるんだぜ」みたいな。とらわれる事に対してあんまり意味が無いんじゃないかって言う問題提起が見えたんだけど。枠組みを決めてしまう事ってどれだけの価値があるんだろうみたいな。そもそも「家族」って言葉は慶応日本には無かった言葉だからってのもあったりして。だからこそ俺は、純粋に血の繋がりを描けたらいいかなと思って書いてみたんだけど、どこに価値を見出すのかって本当に人それぞれだなって思った。

髙道屋 家族って変化を求めることがすごく難しい相手じゃない?それも個人的にはすごい嫌やねん。諦めなくちゃいけないじゃ ないですか。変化を求めることに対して。例えば自分のパートナー、彼氏だったら話し合う事によって、この人は変わってくれるかもしれないって可能性を感じるけど、自分の親とかおじいちゃん、おばあちゃんになると、もうここまでこれで生きてきはった ら、「そういう言葉、今の時代に合ってないよ」と指摘したとしてもこれが変わる事はきっと無いんやろうなって思うと、無駄やって思っちゃうから。それを言うこと自体やめてしまって、会話すること自体が減っちゃうと言うか。言ったとしても、「いや昔 はこうやってん」って返されたときに、もう昔じゃないのになって思うけど、でもそれは今まで自分を構築してくれた人達に対して時代遅れですよっていうのも、うーん......、って気持ちもあって。だから葛藤はあるし。でも最初言ったみたいに変えるのが難 しい相手だから触りたくないって気持ちも凄く強いと思う。

近藤 絶対に変えられないものというか、不変性のつきまとうものよね。

髙道屋 家族なぁ......、って。でも家族がおらんかったら自分が生まれてくることが無いからさ。そういう奇跡的な巡り合わせがあって、今自分がここにいることは、もう揺るがないものじゃない。

近藤 うんうん。

髙道屋 って思った時に有難いなとも思うし、だから余計に嫌いになりたくないから知りたくないと思うし。それが大きいかな。 家族って難しいよね本当に。

近藤 「家族という病」っていう人もいるしね。

髙道屋 その人それぞれのドラマチックだった瞬間って必ずあるけどさ、それはどう頑張っても全部は知りえないし、何かこう、 嫌なとこも見えるしなぁ。

近藤 間違いない。

髙道屋 なんかでもこの作品に関しては家族に対して前向きなイメージがある人も、そうで無い人も、自分の気持ちで他人の話と して見れるから、丁度良いと思う。自分の話じゃないから、良い距離感に作品がいてくれてるから。これ自分だったらぶちギレて

るけど、私じゃないから怒らないよね。みたいな(笑)。私の人生だったら凄く嫌だけど他人の人生だから、そこは無責任に見てら れる安心感とか。一つね大きい主題として「家族」っていうのはあるんだろうなとは思うけど、良いとか悪いとかじゃないよねっていうのは本当に読めばわかったから。ポジティブに思ってる人もネガティブに思ってる人も、自分の話じゃないから見れる作品だと思うな。


Q.ズバリ次こんな近藤輝一の作品が見てみたい!

髙道屋 そうだね。作品じゃないけど輝一君の演技をもう一回ちゃんと見たいなっていう気持ちが一つはあるかな。作品なぁ......、 でも音楽で言うと最近流行っているような音楽みたいな芝居を輝一君にはしてほしく無いねんな(笑)わかる?(笑)「令和だな!!」 って思うような作品はやってほしくないな。何かね、最近の音楽が個人的にあんまり好きじゃないんだよねってパートナーが言ってて。でも TikTok とか YouTube よく見てるじゃんと思って聞いてみたら、昭和歌謡とかをカバーしてる人の曲を聞いて初めて本家に戻るみたいな事があったらしくて。本家を聞いたときに、これには勝てないよなって思ったらしいねんな、彼が。どんなリミッ クスでかっこよく仕上げても、どうしても 2 番煎じ感が出てしまうというか、既視感。これ見たことあるなみたいな。聞いたことあるぞ!って感じがどの曲を聞いても最近の曲はするっていうって言うんよ。それ凄く分かるなと思って。全部違うって分かってるんやけど、それでも全部同じに見えると言うか。大衆にすごい迎合してるというか、俗物的というか、「みんなに受け入れられ たいんだろうな」って感じがするんだけど。あ、、分かった!!! 輝一君にやってほしい作品は「大衆受けしなくてもいいから 必ず刺さる作品」。皆が良いとは言わないかもしれないけど、何か刺さったなぁみたいな。良いにしろ悪いにしろね。「うわぁ良 かった!」って言えなかったとしても、「なんかムカつくんだけどこの作品刺さるな」みたいな。そんな作品を輝一君にやっててほしいなと思う。皆が良かったねって言ってるけど、2 ヶ月後とか 3 ヶ月後にはもう全く覚えてませんって言うような、今の流行とは違いますって作品じゃなくて、「あの時の、あの劇団の芝居すっげえよかったな。何で良かったんだろう。すごい腹立ったんだけど、何かがぶっ刺さったんだよな」みたいな気持ちにさせてくれる芝居であってほしい。





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